第2章 23話
―ゲルドキャニオン邂逅事件―
AM5:00
「準備は万端か?」
ふつうのベッドから起床した後ヒノボリに乗れば、ウドーさんが見送りに来てくれる。
「はい。おかげで万全っすよ」
腰の矢筒に充実した矢を一瞥すると、唐突に何かを差し出されて。透明なビン、濃い緑の液体。
「怪しい奴がいないか見回りをするのが用心棒の役目なのに、あの日は助けられちまった。まぁ……礼ぐらいはしておかなければ、俺の気が済まないからな」
受け取ると、液体の説明をしてくれる。スタミナ薬というものらしい。ガッツガエルとモリブリンの牙を煮込んで作られていて、飲むと限界を越えて動くことができ、ただし一度越えてしまうと効果は消えるのだとウドーさんは言う。
「何から何まで……世話になりました」
「俺ができるのはこれぐらいしかない。頼んだぜ、ヨウタ君。お姉さんをよろしくな」
「あぁ。そんで弟じゃないですって」
「オッケー! またな!」
いやオッケーじゃねぇよ。少し苦笑すれば、ウドーさんは目を見張って、それから手を振ってくれた。オレは頷き、一度引き返す方向へヒノボリを走らせる。目的地はイーガ団のアジト、敵の構えし本拠地。ミヅキは確かに、そこにいる。
AM5:10
平原外れの馬宿を出て、Y字路を右。その方向に荷馬車の轍と蹄の跡が向かっていたらしい。正面の山のてっぺんには、機械の足を曲げた、厄災の討伐に加勢したという神獣ヴァ・ナボリス。炎を操る魔物、ファイアウィズローブの住処を通り過ぎ、右と左に三体見えたモリブリンを兵士の弓で倒す。馬上で狙うヘッドショットはなかなか難しく、何発か当ててやっと倒せたほど。
夜に地図を見ておいたおかげで通る橋の名前が分かる。川に突き刺さるように縦長の島が並んでおり、それを繋いでいるのがデグドの吊り橋だ。木製のそれを三回渡ると、島の大半を覆う巨体を地面に投げ出した青ヒノックスがぐうすか寝ている。その横を通り、木製のそれを三回渡る。
橋ばかり走ったところで、茶色の馬に乗った青ボコブリンが弓を構えてやってきた。今度は頭を狙い撃つことができ、屍を越えて蹄を鳴らす。
黄色の崖に囲まれた地面をひたすら道なりに通っていく。崖の間を通る風と砂埃が、ヒノボリの馬体とオレンジ色や赤色が基調の旅衣を掠める。崖が崩れて落ちたのであろう岩の数々は、風をものともせず沈黙を貫いたまま止まっている。
走っていくと看板が見えてきて。「↑この先道なり ゲルドキャニオン馬宿 〜砂漠に入る前にぜひお立ち寄りを〜 店主」と、宣伝と案内を兼ねた内容だった。馬宿で情報収集してみれば、手がかりが掴めるかもしれない。道なりだということはあまり目立つ分かれ道もなく、馬が通れるのならイーガ団もそこを通っただろうと推測する。
左手に見える、巨大な骸骨を被った魔物の拠点。太い幹の知らない木がところどころに伸びていて、ハテール地方とまったく違う景色に思わず目を奪われる。この先は何が待ち受けているのだろう。ハテノ古代研究所のウツシエ付き冒険ガイドブックでも読んでおけばよかった。
眼鏡のように穴が空いた岩の下、いや正確にいうと2か所でなく右に細長い穴があるのだが、その左目から通ると崖にかけられた木の足場が見えてくる。シーカー族が遺物を掘った跡だろうか。道が狭くなってきた。岩が転がってくる。危ない。何なんだよ、未知だらけだし危険だし。
また岩のアーチを通れば、オレンジのランプ、傍らに料理鍋。休憩所か。無視である。岩と崖の間を通って進んでいく。見上げると、足場が崖で狭くなった空にかかっている。左右に二つのランプ。目印か何かだろうか、なんて思っていたら。
「はぁ……急いでんだよ、こちとらよ」
困った。行く先の崖の間に岩が挟まっており、少しの隙間もなく、ヒノボリが通れない。一旦止まり、馬上でどうどかすか考える。押して動かす? いや、強靭で体も大きいゴロン族じゃあるまいし。爆破して吹き飛ばす? あいにくバクダン矢は持ち合わせていないし。ヒノボリを浮かす? 逆転の発想だが無理があるだろ。
視線をずらし、岩の横を見てみる。崖が岩の高さほどにせり出しており、岩と反り立った壁の間を埋めている形なのだ……あー、強引に行くか。
ヒノボリを限りなく並歩にし、速度を落とした状態で岩に面した低めの崖を行く。右側の岩に落ちないよう、まっすぐに進めばガタガタだったしギリギリだったが何とか通ることができた。息をつけばヒノボリが鼻を鳴らした。
二回ほど岩のアーチを通り、上を大きな岩で塞がれた道を下を潜って通れば、右に採掘場のような場所が見えた。さらに進むと見えてきたのは、ゲルドキャニオン馬宿だ。
AM10:50
ゴーゴーダケの生えた高い岩を目印にし、馬の頭の形に作られた宿、そのカウンターにて一度ヒノボリを預ける。疲れただろうし。
後ろを向いたとき、ちょうど行商人が道を通ったため話しかけた。だいぶ奇抜なリュックだな。
「あの、聞きたいことが」
「ヤァ! イラッシャイマセー……? オヤ? あなたガ、フトコロにお持ちナノハ……?」
丸い目をさらに丸くして、行商人はオレのリュックを見つめ続ける。何なんだよと思いつつ中身を見せてやると。
「ソ、ソレハガンバリカブト! メッタニオ目ニカカレナイ、レアなカブトデース!」
こんなゴチャゴチャの中からよく見つけたな。でもまぁ、金ピカだしな。トパーズのような色をした虫のガンバリカブトを取り出すと、行商人が食い気味かつ前のめりに言い始める。
「オ、お願いシマース! ガンバリカブト、テリーにゼヒ譲ッテイタダケマセンカー!? モチロンタダデトハ言イマセーン! マックス薬ト交換デイカガデスカー? マックストカゲヲ入レテ煎ジタ、テリー特製ノお薬デース!」
「いや、これ、土産に貰ったやつだから、やめとく。アッカレ研究所で捕ったっつってたし、行ってみたら捕れるかもな」
「……ンー? コンナお得ナ条件ナノ二……あなた何考エテルカ分カリマセーン……」
「まぁ土産に虫選んだ感性は疑うけど、貰ったもんは嬉しいだろ。望遠鏡もあるけど渡さねぇぞ」
「……こうなったら馬宿で寝込んでいるところをコッソリ……」
「聞こえてるが」
「いや自ら手を汚さずともゴロツキでも雇う方が……」
「発想怖いなお前」
「ブツブツ……ブツブツ……」
下を向いて何か呟きつつ考え始めたため、無表情で圧をかけていると後ろから肩を持たれた。
「っ!?」
まさかそのゴロツキがすでに、と兵士の剣に手をかければ、その人の右手で動いているものに釘付けになった。ガンバリカブト?
「マックス薬と交換ですね、僕のでいいです?」
「イエェェイ!? 感謝感激デース!」
後ろの男は行商人とそれぞれ物々交換し、受け取るとすぐにオレを見て。茶色の短髪が靡く。
「ヨウタ、だよね」
「コレナカナカ手ニ入ラナインデスヨー! キット本日ハ家内安全デース!」
「え、オレの名前を、なぜ」
「アリガトウゴザイマース!」
「詳しいことは馬宿で話そう?」
「アリガトウゴザイマシター!」
「……いや、まず自己紹介だろうが」
「次モヨロシクお願い致シマース!」
「うわぁ、せっかちさんだ。大丈夫、敵じゃないよ。僕はアオタという名でね」
はしゃぐ行商人の片言な声の隙間から聞こえてきたのは、耳を疑うような内容。
「アイビーの弟、ミヅキの叔父さんだよ」