―101匹ガンバリバッタ―
「お前、何か心当たりあんのか? おいおいさっさと吐くんだ」
そう言ってタデさんは畑のフォークの持ち手のほうを私の肩にコンコン、と当てた。その特徴はもうあの人しかいない。だけど。
「タデさん、村の一番奥の建物にいる人のこと何て言ってましたっけ?」
「……小うるさい婆さん、だが?」
「あー、そんなこと言ってたならもう教えません」
私が人差し指を振るとタデさんはハァ? と眉を潜める。
「それとこれに何の関係があるんだ」
「もちろんあるに決まってます!」
間接的ではなく直接的にその人と繋がっている。
「じゃあ私もう帰ります」
「え、教えてくれないのか?」
「あと、門に来た人イコール美少女だと思ったら大間違いです」
「何でそんな俺の口癖を覚えてるんだ……? そして教えてくれないのかって言って……」
「ではさらば」
そして私は軽く手を振って門を後にした。
別に怒ってはいないが、小うるさい婆さんの言い方は直したほうがいいと思う。
「何しに来たんだ……」
後ろでタデさんの声が聞こえた。
「おうミヅキ……さては腹が減ってるな?」
イースト・ウィンドに帰ろうと大通りを歩いていたら畑のほうから声をかけられた。
ナツユキさんだ。麦わら帽子を被り、いかにも畑仕事を生業としている人の服装をしている。
「ナツユキさん! なぜそれを……!?」
エスパーか!? とびっくりする私に、ナツユキさんは棒状のものを渡してくれた。
「そんじゃこれやるよ」
それはまごうことなき串焼きキノコだった。それも3本。ハイラルダケ、ガンバリダケ、ポカポカダケがそれぞれ3つずつ串に刺さっており、こんがりと焼けていて美味しそうだ……っ!?
「あれ、さっきまで私の手にあった串焼きキノコはどこに!?」
「いやミヅキが一瞬の内に食べてたけど……」
「なるほど」
納得して手を打つと、ブハッとナツユキさんが吹き出した。ミヅキはやっぱりヘンな奴だぜと笑いながら言っている。その言動は気にせず、私はお礼を言うことにした。
「夕御飯提供してくれてありがとうございます!」
余ってただけだからいいよ、とナツユキさんは優しく微笑んで、その後に何か思いついたような顔をした。
「あ、そういえば……」
私に話したいことがあるという。いいですよどんどん話しちゃって下さいと私が言うと、ナツユキさんは村の一番東のほうを指差した。
「すごくヘンなところ……まぁ、丘のてっぺんにあるハテノ古代研究所、あるだろ? あそこの一番上の場所にさ、いっつも誰か座ってるんだよな」
ナツユキさんが指差すハテノ古代研究所はこの村の丘の上に悠然と建っており、先ほどシカ狩りをした場所、ハテノ牧場よりもさらに上に位置している。よくよく見てみると、その一番上にある所長の部屋の前に人が見えた。ここからだと遠すぎてあまり見えないが、そこに誰かが座っているというのは何となく分かる。
そして私は、その人を知っている。
「あぁ、それなら分かりますよ!」
「知ってるのか?」
「それ多分私の……弟だと思います」
「そういえばミヅキ、弟がいたよな。ミヅキに似てヘンな奴」
確かに私には弟がいる。あんまり似てないね、と小さいころ頻繁に言われたのを思い出す。そういえばさっきリーセさんにも同じようなことを言われた。私はお父さん似なのだろうか。
今はお母さんの弟、つまりアオタ叔父さんと物を売る行商人としてロバを連れながら各地を旅していると聞いた。普通は弟の年ぐらいだと旅に出るのは危険なのだが、弟の行商人への憧れと情熱に負けてアオタ叔父さんは一緒に行くことを許可したそうだ。それとは違って。
「ヘンではないですよ……ナツユキさんの言ってる弟とは違いますが」
「え? 他にいるのか?」
「それはですね……」
突然、背中に何か気配を感じた。
一瞬驚いたものの、冷静にその背中を探ってみる。捕まえて目の前に持ってくると。
「ばっ……バッタぁ!?」
「ミヅキちゃんー!」
振り替えるとナララ姉ちゃんがいる。
「バッタ持ってるよネー!?」
「あっ、はい! 持ってます!」
「このツボの中入れてくれる?」
そう言ってナララ姉ちゃんはハテノ村だけで使われている白と水色のツボを向けた。うじゃうじゃ……とガンバリバッタが中で飛びはねている。数匹は大丈夫だけどこの量はちょっと気持ち悪いかもしれない。
「おりゃあっ!」
何が何だか分からないまま、思いっきりさっきのガンバリバッタをツボの中に入れた。この子もあのうじゃうじゃの一員になるのか……。ナララ姉ちゃんはそのツボをナベのフタで封をする。
「ミヅキちゃんありがとー! おにいちゃん! バッタあつまったよー!」
ナララ姉ちゃんは奥の畑のほうに声をかけた。
すると畑の中からナブ兄ちゃんが顔を出す。
「おお! それで全部じゃないか?」
「全部だよー! マンサクさんに見せに行こー!」
「分かった、行こう! ナツユキさん、ミヅキ、協力ありがとう! それじゃ、またなー!」
ナブ兄ちゃんとナララ姉ちゃんはまたしてもその速い足でマンサクさんのいるほうへ帰っていった。
マンサクさんにガンバリバッタ取りに行く手伝いしてくれって言われてっから、というナブ兄ちゃんの言葉を思い出し、やっと状況を理解する。ガンバリバッタ取りの最中だったようだ。
残された私とナツユキさんはただ呆然と立ち尽くし、ナツユキさんは嵐のようだな、と一人呟いていた。
PM 8:00
もう村の子供達が寝る時間になってしまった。
しばらく呆然と立ち尽くしたナツユキさんにさよならを言ってから、イースト・ウィンドに箒を置いて井戸に赴く。なぜこの時間に井戸に行くのかというと、体を洗う用のお湯を作るためだ。
あらかじめ置いてあった桶に水を汲み、共同炊事場に行く。料理鍋に火を着けて、水を入れて温める。そしてある程度温まったら桶に戻し、井戸の裏のサイロへ向かう。
井戸の裏にあるサイロは農作物などの倉庫に使われるのだが、2階部分は入り口が狭く床に穴が開いているために、誰も使わず私の秘密の場所となっている。
前までは汚かったのだが、見つけたときに掃除をして今ではもはや自分の部屋にしたいぐらいの快適な場だ。床に穴が開いているのは下に出るときに便利なのでそのままにしてある。
サイロの2階に向かうには梯子を使う。桶を持ちながら梯子を登るのは至難の技だ。でも長年やってきたせいかもうその道の人かな、と自分で疑うほどには上手く登れるようになった。しゃがんでサイロに入ると、置いてあったランタンが私を微かに照らした。その光を頼りに、桶に掛けておいたタオルをお湯に浸す。
ハテノ村の人々は体を洗う習慣があまりないと聞いたときはなぜか驚いた。私とてハテノ村の住人だというのに。みんなから変な目で見られることも承知で毎日体を洗う私は、やはり変なのだろう。
こう考えてみると、私は人と考え方が違うことが多かった。この毎日体を洗う習慣や、ハテノ古代研究所で勉強をすること、そしていつもやっていることから外れて色んなことをやってみる冒険心。もしかしてハテノ村の人々はみんな保守的なのかも知れない。
ボーッとそんなことを考えていたら、自分の体を全部拭き終わったことに気づいた。やっぱりこの時間は考え事をたくさんしてしまう!
髪を纏めて服を着替え、サイロを出た。