第1章 3話
―今日も元気に営業中―
PM 3:50
「しょうがないからお母さんが代わりに立ってたけど、次からはやらないからね?」
「すみませんでした……」
「お母さんも他の仕事があるんだから」
怒られながら私は箒で店の前を掃いている。
ハテノ牧場で注意されたはずなのにまた忘れて服を取りに行った自分に、もはや私が心配してしまう。まさか前世はコッコだった……?
「じゃあ今日はフレッシュミルク運びしなくていいから、明日はちゃんと謝りに行くのよ?」
そう言うとお母さんは店の中へ戻っていった。
私は柱に体重をかけ、ふぅ……と息抜きをする。
すると店の外からくすくすと笑い声が聞こえた。
目を向けてみると、そこにはご近所さんのナブ兄ちゃんとナララ姉ちゃんが立っている。
「笑わないでください」
「ホントにミヅキはイースト・ウィンドの名物だよな」
ナブ兄ちゃんはそう言う。嫌味にしか聞こえないなぁ。
「アハ! アハ!」
ナララ姉ちゃんは独特の笑い声を出している。逆にそれが面白い。
「虫、早く捕まえに行こうよ! おにいちゃん!」
一通り笑った後ナララ姉ちゃんはそう言った。ナララ姉ちゃんはナブ兄ちゃんの妹だ。
「ちょっと待ってな。今ミヅキと話してっから」
「忙しそうですね……?」
「最近マンサクさんにガンバリバッタ取りに行く手伝いしてくれって言われてるんだよ」
あと妹の面倒も母ちゃんから言われてるからな、とナブ兄ちゃんは言う。マンサクさんまだバッタ集めてるんだ……?
「おにいちゃん! 行こうよー!」
「あぁ、そんじゃあもう行くよ。またなー!」
「ばいばばーい! ミヅキちゃん!」
私もバイバイと言って手を振った。ナブ兄ちゃんとナララ姉ちゃんは田んぼのほうへ走っていく。あの2人は子供のころから毎日走っていたそうで、やっぱり足が速い。
目線をずらして下に向けると、いつの間にか店の玄関が綺麗になっていた。やはり話しながら手を動かすと早く終わる。
場所を移動し井戸のほうに目をやると、いつも井戸端会議をしているアマリリおばあちゃんとナギコさんがいなかった。
ナギコさんはナブ兄ちゃんとナララ姉ちゃんのお母さんで、アマリリおばあちゃんは私のお母さんのお母さん、つまりおばあちゃんだ。
井戸にいないということはサクラダ工務店のほうにいるのだろう。
おばあちゃんとおじいちゃんは「新しい住まいのカタチ サクラダ工務店」のモデルハウスを借りて過ごしている。モデルハウスはサクラダ工務店さんのカツラダさん、サクラダさんも住んでおり、ハテノ村に来た旅人さんにも貸し出しているそうだ。おばあちゃんとおじいちゃんは時折イースト・ウィンドに顔を出して手伝ってくれることもあり、特に手作りの武器を作るのはいまだにおじいちゃんにしかできないらしい。お父さんはその後を継ぐためにおじいちゃんから日々作り方を教わっていると言っていた。
あとでおばあちゃんとおじいちゃんにも会いに行こうかな。
またやることが増えたところで私の前を人が横切った。よし、私もお仕事を果たさなきゃ!
「そこのお姉さん!」
明るく声を掛けるとその人が振り返った。
「こんにちは」
ふわりと笑って、近くに寄ってきてくれる。
髪を後ろで丸く結び、バックにケモノ柄の盾を掛けて腰には剣をさしている。旅人さんだ。
「いいお天気ですね! よろず屋イースト・ウィンドは今日も元気に営業中です! 中でいろいろ見てってくださいね!」
お母さんが昔看板娘をしていたときに使ったという言葉をいつものようにかけると、旅人さんは何かを思い出したようにぽんっと手を打った。
「あっ、思い出しました! イースト・ウィンド! あなた……あの娘さん?」
「え、あぁ、お母さん……アイビーの娘です」
「そうですか!」
旅人さんはすごく嬉しそうで、懐かしい懐かしいとニコニコしている。
「あの、どうしてお母さんの名前を?」
「昔よくハテノ村に寄っていまして、そのときにたくさんお話をさせて貰ったんです!」
「そうなんですね! えっと、お名前は……」
「リーセと申します。あなたは?」
「ミヅキといいます!」
あぁ、こういうときって何て言うんだっけ。
「おみおみ……お見知り……おき?」
と言ったらリーセさんは吹き出した。
「本当に似てますね」
リーセさんによると、いつもお母さんはお見知りおきを上手に使えていなかったという。でも外見はあんまり似てないみたい。
あっ、そうだ!
「よかったらお母さん呼んできましょうか?」
そう私が提案すると、お願いしますとリーセさんは顔を輝かせた。
早速店に入って呼ぶ。
「お母さん、リーセさんが来てるよ!」
2階にいたお母さんはえっ、と叫んで聞くが早いか店の外へ飛び出していった。
開いたままの扉を抜けて外を見ると、早速リーセさんとお母さんは話し込んでいる。
う〜んこれは邪魔しちゃいけないなと思い、私は静かに外に出た。
「喋ってますかね?」
「喋ってるよ」
タチボウ兄ちゃんは眼鏡越しの目を輝かせてノールックでノートにペンを走らせる。
箒を持って外に出た後、どうせならハテノ村の道も掃除しちゃおうと思って大通りを歩いていた。そこにタチボウ兄ちゃんが、すごいことみつけたんだけど……見たい? と話しかけてきて興味本位でついていって今に至る。
「いやぁ……どうやっても聞こえてきませんよ?」
「じゃあ素質がないんだね」
私たちの目の前には悪魔像があった。ハテノ村の端に隠すように置かれている悪魔を象った像。女神ならざるもの、とタチボウ兄ちゃんが二つ名のように言っていたのを思い出す。
タチボウ兄ちゃんの話を聞くと、この像から声が聞こえ、少しだけ話せたという。
「前は聞こえただけだったのに話せたなんてすごいですね!」
と言うと、前来たお兄さんはもっと話してたとタチボウ兄ちゃんは言った。
前来たお兄さん……?
「お兄さんが話せたんだ。僕にも話せるはずだ!」
タチボウ兄ちゃんはペンを止めずに私の方を向いた。その目はもはや学者である。
タチボウ兄ちゃんがもっと幼いころは、悪魔像に興味は持っていたもののもっと可愛らしい子供だった、らしい。今となっては悪魔像への興味が膨らみ、ほぼ毎日通いつめるという悪魔像専門家に変貌している。一つの事に熱中するのはいいことだとは思うが。
「それと、話した際に黒いような紫のような煙が出る件は……」
「あ、ちょっと私はイースト・ウィンドの手伝いがあるので。じゃあね!」
「うん。分かった。僕はもうちょっとここにいる」
あれ以上一緒に話をしていたら日が暮れそうだと思ったため、私は悪魔像とタチボウ兄ちゃんから別れた。
悪魔像はハテノ村の旗がある丘の下にある。
ここから右に行くとサクラダ工務店のモデルハウス。左に行くとハテノ村の大通りに出て、そこからまた左に行くと門が見えてくる。
大通りには馬に乗った旅人や、村の案内役をするソテツさんなどがいた。今も案内したくてウズウズしているはずである。
まずは門から掃除かなと思い大通りを左に進むと、いつもの麦わら帽子が見えてきた。門番のタデさんだ。
「タデさん〜!」
「あ? お前か……」
あからさまに残念そうな顔をされる。
「そんな顔してどうしたんですか?」
「いやぁな」
この前門を可愛らしい美少女が足早に通りすぎたらしい。髪の毛が白くて、眼鏡をかけていて、四角い箱を背負った……?
「それって……」