―冒険日記の始まりに過ぎない―
Adventure diary。
17歳の私、ミヅキがこれから“旅立ち”で経験したことを記録していくであろう、冒険日記。それがあわよくば時を越えて他の人の手に渡り、繋がる冒険の続きを書いてくれる人がいればいいなという願いとともに読まれたそのとき、冒険日記という物語に変わるのを楽しみにこの文を書こうと思う。
矢が空中を切り裂いて飛んでいく音がして、その後にヤマシカがか弱く鳴いた。素早く上ケモノ肉を取って、ポケットに詰め込む。
「ありがとうございました」
挨拶はシカ狩りの基本である。私たちが生きていけるのはこの広大なハイラルにおける豊かな自然のおかげ。感謝を示すのは当たり前のことだ。静かになった森の中、私は騎士の弓をしまう。
「時間だ! 戻ってくれ!」
ドダンツさんが呼んだので戻ることにした。
「はい!」
返事もシカ狩りの基本である。
「全部で6匹とはガール……なかなかやるじゃないか」
笑顔で褒めてくれるドダンツさん。
ドダンツさんはシカ狩りの依頼主さんだ。普段はここ、ハテノ牧場で仕事をしている。
「そんなことないですよ!」
そう言いながら嬉しさに顔が緩んでしまう私。昨日は5匹だったので1匹多くシカが狩れたのだ。
「ホイ、お駄賃だ……」
ドダンツさんはポケットに手を入れゴソゴソした後、青ルピーを出した。ルピーとはハイラルの通貨で、青ルピーは緑ルピー5個の価値がある。ヒョイと投げられたそれは、空中を飛んでから私の手に落ちた。カチャンと景気のいい音がする。
「ありがとうございます!」
お礼を言ってそのままポケットに突っ込んだ。ポケットに入る量が多いのは、ハイラルの掟……である。
「ミヅキは顔に出るタイプだよな」
ボソッとドダンツさんが呟いた声はきちんと私の尖った耳に届いているわけで。知ってますよそんなこと。私はどうせポーカーフェイスとかできないハイリア人なんですよ、と勝手に思っていたらドダンツさんが言った。
「とはいえあの森のシカ……また増えると困るし……というわけでもう一度お願いできないかな?」
「オッケー」
私はよくシカ狩りをやっていたという“師匠”の真似をして言った後、指をグーサインにして突き出した。その後シカ狩りを5回もやったのは言うまでもない。
「そこまでだ」
私が何度目かのお駄賃を貰っているとき、突然木の枝が私とドダンツさんの間に現れた。
「わっ!」
一瞬木の枝が口を開いて喋っているかと思ったが、そうではないらしい。持ち主はトコユ姉さんだった。
「トコユ姉さん!」
「……そんなに驚くか?」
驚く私に苦笑している。そりゃあいきなり木の枝が出てきたので。
トコユ姉さんはドダンツさんの娘である。朝からこのハテノ牧場で働き、シカ狩りで通う私にとって姉のような存在。ときどきハテノビーチに巣食う魔物を一緒に退治することもある。そんなトコユ姉さんが怒っている。
「……父さん」
あれ、私じゃなくてドダンツさんに?
「なんだトコユ。シカ狩りやりたいのか?」
そうじゃないと思いますドダンツさん。
「……違う。最近シカ狩りをミヅキにやらせ過ぎじゃないか」
「そうか? ミヅキは腕が立つからな。森を荒らされることも少なくなってきたし、いいと思うが」
「……今何時か分かるか」
「10時ぐらいかな」
「え、10時!?」
驚いた。確かシカ狩りを始めたのが6時ぐらいだったから、そう考えると4時間ほど時間が経っていることになる。
「ミヅキはイースト・ウィンドさんで手伝いもしなければならないだろうから、このぐらいで止めたほうがいい」
イースト・ウィンドとは私の家のことだ。よろず屋を経営している。
「確かにそうだな……」
ドダンツさんは頷いて、私のほうを見た。
「よっし! これからはずるずると続けないように心掛けよう。とはいえあの森のシカ……また増えると困るし……」
「ふふっ、ドダンツさんそれもう口癖ですよ! 分かりました。私も気をつけます」
断れるハイリア人になろうと決意した。
「それでミヅキ、お詫び……こんなものしかないが……たいした荷物にはならないはず」
トコユさんはごそごそと何かを出す。
フレッシュミルクだ! しかも10本!
「ありがとうございます! そんな大したことしてないですが……」
くれたものは貰う。ハイラルの掟。
「なんていうかその……いつもありがとうだ」
そう言って照れながら目線を逸らすトコユ姉さん。こちらこそですと微笑む私。すると私たちの会話が途切れたのを見計らって、ドダンツさんがひっそりと告げた。
「ミヅキ、何か忘れてないか」
「え? 忘れてること?」
「あ……」
トコユ姉さんが口を開いた。
「イースト・ウィンドさんの手伝いのことか?」
あっ……まったくもって忘れてた!
「す、すぐに行きます!」
走り出そうとして思い出した。挨拶!
「ありがとうございました!」
「また頼むよ!」
ドダンツさんとトコユ姉さんが手を振ってくれているのを横目で見ながらハテノ牧場を出る。そうだ、リンゴの木の下にいるトコユ姉さんのお爺さんにも挨拶。
「おはようございます!」
「はァ……」
朝から元気だなと言って、お爺さんも手を振ってくれた。
AM10:30
ハテノ牧場を出て、緩やかな坂を下る。
ここから見るとハテノ村の大体の建物が一望でき、オレンジ色の屋根の家たちが大通りに沿って並んでいる。お店を開いているところは店ごとのシンボルが大きく飾られていて、私はその中の水色の壺が飾られている店の娘だ。
ハテノ村とはこの世界、ハイラルのハテール地方の東にある集落で、村長はいつも畑で農作業に勤しむクサヨシさん。
ある大厄災の戦火をくぐり抜けてハイリア人の手で復興を遂げ、今では人や店も増えて旅人も多くなり、そういう意味では平和になった……と私が幼いころ語ってくれた記憶がある。
AM12:00
道中に実っていたリンゴを取りながら歩いていると、共同炊事場に着いた。料理鍋が2つ並び、いかにも使ってくださいといわんばかりの木のオタマが立て掛けてある。
もうお昼時だ。何かお腹を満たすものを作らなければ、ともうこの時点でイースト・ウィンドの手伝いをすっかり忘れている。
「そうだ!」
思いついたのはお母さんから学んだキノコリゾット。あのキノコリゾットはお母さんが作るから美味しいのであって、私が作ったら美味しくならない……みたいなことにならなければいいのだが。
「ハイラルダケ、数本」
呟きながらポケットから材料を取り出していく。
「岩塩、少々」
岩塩は大きい塊だったので、割って使うことにした。
「ハイラル米、1束。それと……ヤギのバター、1個!」
これでよし、と頷いた。楽しい料理のお時間です!
まずはたいまつを取り出して近くの燭台から火を貰ってきた。そして料理鍋に灯す。赤々と燃え上がる火が料理鍋を温める。次に材料をすべて手に持って、一気に投げ入れた。あとは待つだけだ。健啖家の師匠のように鼻歌を歌いながら、そのときを待つ。ついに白い煙が上がる……!
「やった!」
結果は成功だった。
できあがったキノコリゾットは上出来で、お母さんが作ってくれたものと比べても見劣りしない仕上がりになったと思う。感想はそれぐらいにして早く食べよう、そうしよう。
「いただきます」
スプーンを出し、艶やかなハイラル米を掬って口に運んでみた。
「うめぇ……」
おっと失礼。ハイラルの女性としてあるまじき言動を口にしてしまった。ヤギのバターがいい具合にハイラル米と絡み合い、リゾットの頂上に鎮座したハイラルダケと一緒に食べるとさらに旨味が増してとても美味しい。頭の中にハテノ牧場の牧歌的な景色が浮かぶほどだ。
どうやら相当お腹が空いていたようで、気がついたらお皿の上からキノコリゾットが消失していた。スプーンに余ったハイラル米1粒を残さず食べた後、ハンカチを取り出して汚れてしまった口を拭く。真っ白になったお皿に合掌。
「ごちそうさまでした」