―人生色々服も色々―
PM1:00
食器を洗っていたら今日やるべきことを思い出した。“旅立ち”のための服を取りに行かなくては。急いでお皿洗いを済ませ、ブティック ヴェント・エストに向かう。大きな服の看板を掲げたお店に入ると……あれ?
「ソフォラさん……?」
ヴェント・エストの店員さん、ソフォラさんがいない。店内をぐるっと見回してみると、お店の端っこにいる人を見つけた。ソフォラさんだ。
ソフォラさんは私を見つけると思い出したように言った。
「いらっしゃいまぁ〜せぇ〜。皆様の普段着から兵士様の防具まで着るものならオマカセのヴェント・エストでぇ〜す。私に御用ですかぁ〜?」
これはお客さんへのテンプレート挨拶だろう。
思えばヴェント・エストに来たのは久し振りかもしれない。ソフォラさんの端っこ定位置接客は村の名物と化しているが、それを忘れるとは何たる失態だ。
「あの……」
気を取り直して要件を話す。
「はぁ〜い何でしょう?」
「この前頼んだ服は完成しましたか?」
「ばっちりでぇ〜す」
ソフォラさんは少々お待ちくださいませぇ〜とお店の奥へと入って行く。いわれた通りに少々待つと、ソフォラさんは服を持って帰ってきた。
「こちらでよろしいですかぁ?」
まだ色が付いていない、まっさらな状態の服。
服は肌に優しい生地で、私の要望通りの完璧な仕上がりだった。
「ありがとうございます!」
お礼を言うと、ソフォラさんはもう1つ何かを渡してくれた。
「これは……?」
「ポーチでぇ〜す」
「ポーチ?」
「きっとこれから役に立つと思いまぁ〜す」
着たときにベルトに付けてくださぁ〜いとソフォラさんは言う。
私は何に使うか分からなかったが、いつかこれを使う日まで着けておこうと決めた。こういう細やかな気遣いが嬉しい。
「それでは長旅になるかと思いますが、気をつけて行ってくださぁ〜い」
「ありがとうございました……!」
深々と頭を下げて店を出る。またのお越しをお待ちしておりまぁ〜す、と後ろからソフォラさんの声が聞こえた。
さて、次は元祖 東風屋だ!
PM 2:00
店内は薄暗く、ランプがところどころに暖かい光を照らしている。焦げ茶色の床を歩いて行くとカラフルな服を着た店主が振り向いた。
「キヒヒッ! イラッシェーヤセー!」
いらっしゃいませが店主の主張が強い前歯によって砕けて聞こえる。
店主のセージさんは結構クセ強めな見た目、それに話し方をするがハテノ染めを愛す優しい心の持ち主でもある。
「あの、新しい服を染めに来ました!」
先ほど貰ったまだ白いままの服を渡すと、店主はまたキヒヒと笑う。
「新品の服を染めるのは久しぶりでっしぇ、それじゃそこの上で待っててくだっしぇ!」
そう言うと机の上に並べてある薬品……いや、染料が入った試験管を持って私を台の上に案内した。
台とは服を染めるための道具であり飛び込み台である。台の上に立つと足元の床がパカッと開き、服を着たまま飛び込む形式で服を染めるのだ。かなり大胆な染め方だがなぜか服は単色にならず、細部まで色とりどりの色で染めることができる。これが伝統、ハテノ染めのやり方なのだ。
新品の服を染める用だけに使われるという、左に比べてあまり汚れが見当たらない右の台に私は立つ。ここから下に落ちるのだと思うと肝が冷える。そんな私と対照的に店主は楽しそうだった。
「イッツショータ〜イム! 今日も全身染めていきまショー!」
「それじゃ染める色を決めてくだっしぇ!」
色の種類は青、赤、黄、白、黒、紫、緑、薄青、紺、オレンジ、桃、深紅、薄黄、茶、灰とたくさんの色があった。さすが「人生色々服も色々でっしぇ」というだけのことはある。
「う~ん……」
人生の分岐点である旅に出る服なので、なかなかこれは重要な選択だ。よし……決めた!
「青でお願いします」
「その色ならこの素材で染められそうでっしぇ」
店主は壁に貼ってある素材表を指差した。なるほど、それなら私も持ってそうだ。
「しのび草2本とヒンヤリダケ3本でいいですか?」
5個お選びくだっしぇ、と言っていたので合計で5個になるようにした。
店主はそれで十分でっしぇと頷く。
「じゃ、20ルピーいただきまっしぇ!」
「はい!」
「ありがとうございまっしぇ!」
20ルピーを投げ渡すと「それじゃちょっと息止めるでっしぇ!」と言われた。
え、息止めるですって!?
それから間もなく床が消えた。
「うわぁっ!?」
ザブーンと音を立てて染料が波を打つ。
は……鼻に染料入った……。
視界が青に染まる中で店主の声が聞こえる。
「シシーーーッ!! こ……これはトレ・ヴィ・アンヌでっしぇ!」
歓喜の声をあげながら店主は私の腕を引っ張って桶の中から助け出してくれた。
「着地失敗でっしぇ。お気の毒でっしぇね……」
哀れみの声を向けられる。初めての人はほとんどこうなるらしい。逆にこうならない人すごい。
耳に入った染料を抜いたところで店主が言った。
「キマッてまっしぇ! お客さん」
私はそういえばできあがりを見ていないことに気づき、自分の姿を見て感嘆の声を漏らしてしまった。
白いシャツに重ねられた青のベスト。それを区切るように肩から腰に流れる茶色のベルトには三日月を型どった留め具が付いている。薄青色のリボンを下げたループタイも添えられており、可愛くも華やかだ。腰にはハテノ村の村民の服によく使われている布を巻いてその上にベルトを付ける装い。スカートは膝まであり、青色のスカートの上に切れ込みと黄色の線が入った水色のスカートが重なっている。靴は青色で長旅でも疲れないように歩きやすいものにし、水色のリボンが交差しながら足に巻き付いている。
「なかなか面白い染色だったでっしぇ。旅のほうも頑張って行くでっしぇ!」
店主は私の肩を優しく叩き、また試験管を持って仕事に戻った。それが職人と客人の関係の終わりのように感じて、その背中に頭を下げ言う。
「ありがとうございました!」
PM 3:20
さて、と。
ヴェント・エストに服を取りに行って、元祖 東風屋で服を染めて……あとは何だっけ。
あ、服をいったん着替えるために家に戻らなきゃ。
イースト・ウィンドに歩を進めると、家の前でお母さんが掃き掃除をしているのが見える。
あれ、何か圧を感じる……?
玄関についたところでお母さんが目も合わせずに言った。
「ミヅキ、何か忘れてることない?」
ただならぬ圧を受けて私は冷や汗が出る。
忘れてること? 忘れてること……!
「イースト・ウィンドの手伝いっ!?」
やらかした。
「分かったら今すぐ着替えて来なさい!」
今度は目を合わせてお母さんが言う。普段は温厚な人だが、そういう人は怒ると怖いものだ。
「はい! 分かりました!」
ダッシュで家の2階に上がる。木製の階段がギシギシと音を立てる。
途中で店番をしているお父さんのやれやれと言う声が聞こえた。すいませんね! 3歩歩いたら忘れる性分だからね!
急いで着替えに取り掛かる。部屋の一番右端に置いてある私用のベッドにいつもの服を放り投げ、今着ている“旅立ち”用の服を丁寧に脱いで畳む。先ほど元祖 東風屋で服を染めたときに乱れた髪も結び直す。子供のころはお母さんに結んで貰っていたにも関わらず、いつの間にか結べるようになっていたので不思議だ。靴もいつものブーツに履き替えて、最後に月の髪飾りを直した。
「これでよし!」