ミヅキの冒険~Adventure diary~

今、旅立ちの時。

第1章 5話

―回避ジャストの代替案―

 

 

 

PM 9:00

 

 この時間になるとハテノ村の大人たちも寝る支度を始める。桶を片付けたころにはもう大通りに人はいなかった。

 私も早く寝て、いつも通り朝6時にシカ狩りに行かなければならない。早寝早起きはシカ狩り常連の掟である……と思っているだけでそうしているのは私だけかもしれないが。いや、早起きしてシカ狩りをするようにと目標を出したのは師匠だ。だから師匠自身もハテノ村にいるときはそうしている可能性がある。

 そういえば最近師匠に会えていないな……。

 そこまで考えて思考を放棄した私。率直にいえば眠いのである。

「ふぁ~あぁ」

 月明かりが眠りにつく村を照らし、あくびをした私を眠気が襲った。

 

 

AM6:00

 

「師匠、おはようございます!」

「だから師匠じゃないって」

 ハテノ牧場に朝からそんな会話が響く。

 朝に弱い私にとってシカ狩りは準備運動のようなもので、いつものようにハテノ牧場に辿り着くと師匠がそこに立っていた。整った顔をこちらに向けて苦笑している。

「いや……いいか今日ぐらい。ミヅキの師匠も最後になるだろうし」

 感慨深いね、と師匠は言う。

 12歳のころからシカ狩りを始め、そこで出会った師匠に無理をいって弟子にさせてもらったことには感謝しかない。正確には今日初めて弟子になったようだが。

 最後、というのは“旅立ち”があるからだろう。

「じゃあどうせなら最後に……シカ狩り、一緒にやりませんか?」

 提案してみると、師匠は楽しそうに笑った。

「いいね、そうしよう」

 するとその言葉を待っていたかのように、ドダンツさんが畑のフォークを手に振り返った。

「ありがとう! すぐに行ってくれるかい?」

 私と師匠は目を合わせる。すぐに師匠が頷いてくれたので、私は言った。

「すぐに行きます!」

「頼もしいな! 期待してるよ!」

 ドダンツさんは満面の笑みで答えてくれた。

 その期待に答えなければいけないと思い、私は少し緊張した手で騎士の弓を取り出した。

 

 

 エキスパの森はいつもと変わらなかった。

 ヤマシカたちが静かに過ごし、ともにモリイノシシも暮らす平和な森に見えるが、「そこに野生のシカが増え過ぎちゃって森を荒らされて困ってるんだよ」とドダンツさんは言っている。

 それを駆除するのが私たちの役目なのだ。

 目標としてはシカ10匹……あれ?

「2匹多い」

最小限の声で師匠が呟いた。

「えっ!? いつもぴったり10匹ですよね」

「静かに」

 私の声量を指摘した後、師匠は真顔で言った。

「俺たちが2人だから森側も難しくしたんだよ」

「……なるほど」

 師匠がちょっと笑った。あっ、冗談か。

 すると、後方からドダンツさんの声がした。

「じゃ、シカ狩りのほう始めてもらおうかな。1分経ったら呼ぶからね」

 それを開始の合図としているシカ狩り常連は、その瞬間に空気が張り詰めることを知っている。ヤマシカという生き物は少しでも音がしたらその方向に振り向くため、まず少しでも音をたてないことが勝利への近道なのだ。

「……行くよ」

「はい」

 こうして静かに、シカ狩りは始まった。

 開始1秒で師匠が音もなく放った矢は、左側のシカにクリティカルヒットする。私は奥のシカを狙い、その間に後ろのシカを師匠が仕留める。無事シカを倒した私は少し移動し、その右奥のシカにギリギリクリティカルヒット。師匠は左に歩いて崖にいるシカをまとめて仕留め、さらに奥に歩を進めた。ケモノ肉を取ることも忘れず、私は右側に行く。シカに矢を放った後その近くのシカにいつの間にか気づかれ、走って逃げるシカに向かって私は高く「跳躍」した。木の高さをも越え落ちていく瞬間、シカに一発クリティカルヒットを決める。音を立てないよう着地して来た方向を見ると、逃げているシカに向けて岩から飛び降りている師匠がいた。そのとき世界が遅くなったように感じて、息を呑む。あれが……「集中」。無事シカを仕留めた師匠はケモノ肉を回収し、こちらに歩いてきた。その後私と師匠の後ろを通った2匹のシカも、2人の矢でクリティカルヒットを決めた。

 師匠と私は終わりを告げる。

「ありがとうございました」

 

 

「12匹も狩れたのか!」

 ドダンツさんは戻ってきた私たちを驚愕の表情で迎えてくれた。

「やってくれるボーイアンドガールだとは思ったけど正直ここまでとは!」

 2人のときはそうやって言うんだ、と私が少し驚いていると、師匠が呟く。

「俺もミヅキがここまで成長するなんて思っていなかったよ……弓の腕は」

 遠回しに剣の才能は皆無だけどね、と言われた気がする。その言葉に頷いたドダンツさんは私たちに赤ルピーをくれた。

「ホイ、お駄賃だ……」

 2人で1つ……分けろということだろう。私がお財布を取り出して分けようとすると、師匠は首を振って“旅立ち”に使ってくれと言ってくれた。恩に着ます、とお辞儀してそのままお財布に入れる。

「とはいえあの森のシカ……また増えると困るし……」

「やだ」「大丈夫です」

「そ、そっか……気が変わったらまた頼むよ」

 ドダンツさんの頼みは食い気味に断るといいらしい。この知識を使うのは多分、また何年か先になるんだろう。

 そう思う私にドダンツさんは心を読んだかのように言った。

「また、頼むね」

 

 

AM8:00

 

 ミルク運び。それが私のイースト・ウィンドでの主な仕事。

 師匠とドダンツさん、トコユさん、トックリさんに別れを告げた私に待っていたのは、その仕事だった。別に苦ではない。苦ではないのだが……!

「重ーーーい!」

 フレッシュミルクが入った箱がすごく重いのだ。きっと近衛の両手剣より重い、そう私は体感的に思う。ただ非力なだけかもしれないが。

 ちなみに8時は子供たちが起きてくる時間で、血気迫った表情で箱を運ぶ私を、子供たちは面白そうに、心配そうに、目で追っていた。

 一番先に運ぶのはタマナさんだ。

 タマナさん家からトリのタマゴを受け取るついでに、フレッシュミルクも運んじゃおうという寸法。それで最初に運ぶと決めている。

「タマナさ〜ん! おはようございます!」

「あら……」

 タマナさんは掃除をしている手を止めて、ミヅキさんおはようございますと言ってくれた。

 私は王家の両手剣より重いと思っているフレッシュミルクの箱を地面にドサッと置いた。近くのコッコがコケッと鳴く。

「昨日はお届けできなくてすみませんでした……」

「大丈夫ですよ。2個、お願いします」

 私がフレッシュミルク運びを忘れることは恥ずかしながら多いので、ハテノ村の人々は慣れてしまっているようだ。気をつけます。ごめんなさい。

 反省をしながら箱からフレッシュミルクを2個取り出す。取り出すときにビンを割ってしまった経験があるので慎重に取り出すことにしている。

「どうぞ!」

 両手でフレッシュミルクを差し出すと、そのまま両手で受け取ってくれた。その状態でなぜかタマナさんはしょんぼりする。

「トリのタマゴ……卸したいところなんですが……この前来た旅人さんに渡してしまって」

 タマナさんは気前がよすぎるところがある。

 侘びタマゴだったりクイズの賞品だったり、タマナさんの主人さんに怒られてしまうにも関わらずいつの間にか相手に渡してしまうそうだ。

 私はタマナさんのそんな性格も知っていたし、何度もトリのタマゴが品切れになってしまったこともあるが、イースト・ウィンドはそれを許すことにしている。なぜかって?

 コッコは少し刺激を与えると、トリのタマゴを出してくれる。

 つまり、今その場で調達できるからだ。

 あと、私も運ぶのをよく忘れるから。

「分かりました、それでは今取りますね」