―知恵得しもの―
私は満身創痍の状態になっていた。
軽く当てようとした剣を私の壊滅的な剣捌きで逆に振り上げてしまい、コッコが悲痛な鳴き声をあげたことでその仲間たちが集まって全身傷だらけに……という経緯である。喰らっている最中ずっと謝り倒していたおかげかコッコたちは去ってくれたが、やはりコッコを扱うときは慎重に行動しなければいけないな、と今になって思う。これが俗にいうコッコの逆襲だろう。
だけど収穫はあった。コッコをこんなにも怒らせるぐらい行っていたのだから、さすがにたくさん取れていないとおかしい。もちろん私の腕の中にはいっぱいのトリのタマゴがあった。
タマナさんにお礼を言い、コッコたちに謝り、私はそこを離れることにする。
「早くどこかに旅立ってくださいね!」
帰り際に放ったタマナさんのその言葉にどこか棘があるように思えたので、私ははい、と言った後すみませんでしたと付け加えた。タマナさんにも二次被害が結構あったみたいだから。
でもタマナさんは「……あ、ゴメンナサイ。言い過ぎました……」と言って何と詫びタマゴをくれた。
そのタマゴどっから出てきたんですか!?
タマナさんと別れた後、すれ違ったナツユキさんとソテツさんにそれぞれの家族分のフレッシュミルクをあげた。その場で自分の分を飲んでいる2人とも、腰に手をあてて飲むポーズをしていたので私は笑ってしまう。でも昨日の分を忘れたことはちゃんと謝った。
ありがたいことに許してくれた2人に手を振り、次はシモツケさんだなと騎士の両手剣より重いと思っているフレッシュミルクの箱をもう一度持ち上げる。
シモツケさんのもとに辿り着くと、いつも通り彼のモットーである「自分が食べる分は自分で作る」ための農作業を行っていた。自分で作れないものはイースト・ウィンドで買ってくれているとのことなので、私の店の常連客でもある。
「あぁ、ミヅキかい?」
私の気配に気づくと作業の手を止めて振り返ってくれた。
「フレッシュミルクを……」
「ちょっと待っててな」
どうやら忙しいらしい。私は箱を置いて、シモツケさんの用事が終わるまで景色を眺めることにした。
ここから見上げると目に映る、名峰ラネール山。氷に包まれた秘境。今日もそこから流れる雪解け水によって、この村は支えられている。
ラネール山は17歳未満の子供を「知恵無きもの」として入山を禁じており、私はこの間の誕生日にやっと登ったばかりである。
下山後、お母さんから私に言い渡されたのが“旅立ち”だった。それまでの1ヶ月間、悔いを残さないため充実した日々になるように心掛けたりはしたのだが、結局普通に過ごした気がする。でもやっぱり、この日常がしばらく見られなくなってしまうのだと思うと寂しい。いつも見守ってくれているラネール山もその対象だな、と思ったのでひたすら目に焼き付けていたら、シモツケさんが畑から出てきた。
「フレッシュミルク渡してくれるんじゃないのか?」
私がラネール山を凝視しているのを見て何ごとかと思ったらしい。目線が訝しげだ。
「あっ、そうです! そうでした! あと昨日運べなくてすみません!」
シモツケさんは笑って許してくれた。気をつけます。ごめんなさい。
気を取り直して箱に手を伸ばし、フレッシュミルクを取り出す。
「ラネール山をふとした瞬間見上げてしまうのは分かるがな。ま……俺はラネール山のお宝について思いを馳せてしまうわけだが」
フレッシュミルクありがとな、と言ってシモツケさんは畑に戻っていった。ラネール山のお宝については師匠が旅の過程で見つけたらしく、その話をシモツケさんに教えたいのだが、お宝に対する憧れで爛々と輝く目を見ると言い出せなくなってしまう。古代の遺物をお宝と理解してくれるか……やめとこう。
AM9:00
「でっしぇ、でっしぇ〜」
「でっしぇ、でっしぇ〜!」
元祖 東風屋の店主セージさんの妻、センさんと謎挨拶を交わしながらフレッシュミルクを謝りつつ渡し、箱を見ると半分ほどの数を渡し終わったようだった。次はクサヨシさんだなと配達の順番を思い浮かべながら歩いていると、階段の途中で躓きそうになる。ぼーっとするのはよくない。階段を登りきりクサヨシさん宅をぐるっと回って、坂に沿って作られた畑を見渡す。その中にぽつんと佇み、畑のクワで黙々と作業をしている人物が村長のクサヨシさんだ。
「クサヨシさーん!」
「おや、ミヅキですかな?」
振り返ったクサヨシさんと目が合った。
「昨日はお届けできず、すみませんでした……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。誰にでも間違いはあります。今は作業中ですので、今日の分は玄関の前に置いてきてもらえますか?」
「了解です、ありがとうございます! それでは失礼します!」
「はいはい、さようなら」
柔和な表情で許してくれたクサヨシさんに手を振りながらクサヨシさん宅に戻り、言われた通りに玄関に置く。ふぅ、と一息ついて、ポケットから葉っぱに巻いた海鮮おにぎりを取り出した。
私はシカ狩りの前に朝ご飯を作る習慣がある。これはそのときに握っておいたもので、小腹が空いた今、食べちゃおうと思った次第だ。ハイラルバスがホクホクしていて美味しいし、ハイラルダケもいいアクセントになっている。成功だ。
満足げに階段を降りる私。その先のマンサクさんが訝しげにこっちを見てくる。
「何ニヤニヤしてるんだよ」
「海鮮おにぎりが意外と上手くいったので嬉しいんです。マンサクさん、おはようございます!」
「おはようございますじゃないよ……ミヅキは成功でいいな、こっちは失敗だってのに」
「失敗?」
「あんたがガンバリバッタを余分に入れたせいでツキミさんに振られちゃったんだよ」
「そ、そうなんですか……!?」
マンサクさんが大量のガンバリバッタを集めているわけは、愛しの人ツキミさんが「ガンバリバッタ100匹に囲まれて暮らすのが夢でございます」と言っていたかららしい。そしてマンサクさんは他の人の手も借りながら健気に集め、100匹到達したところで余分に1匹入ってしまった、と。思い当たる節はある。きっとこの前背中に乗って捕まえてツボに入れたガンバリバッタのことだ。でもナブ兄ちゃんとナララ姉ちゃんはこれで全部って言ってた気がする……数え間違えちゃったのかな。しかし余分に入れたのは私のせいでもあるわけで。
「ごめんなさい……」
「ああ……でも手応えはあったよ。初めはツボいっぱいのガンバリバッタと俺の告白に驚いて固まってたんだけど、努力の甲斐もあって一応考えてはくれるみたいだ」
100匹じゃなかったのがお気に召さなかったらしくガンバリバッタは返されたよ、とマンサクさんはそれでもまだ諦めてなさそうな表情で言う。その瞳の悔しさの中に燃え盛る炎を見た。
「恋の炎は雨でも消せぬときたもんだ、ですね」
マンサクさんがときどき呟く言葉を口にする。それに凛々しく頷いたマンサクさんは、また愛しの人への贈り物に悩み始めた。今度は上手くいくといいな。
そんなマンサクさんにフレッシュミルクを渡し、民宿 トンプー亭のツワブキさん、共同炊事場前のウメさん、少し坂を登ったところのロレルさんにテンポよく配達した。みんな私の謝罪を快く許してくれて、このハテノ村の住民たちはなんて優しく朗らかなんだろうとしみじみ思う。この村から離れたくないな、と感じながら改めて坂の上からハテノ村を見渡すと、爽やかな追い風が私の背中を押すように通り抜けた。