ミヅキの冒険~Adventure diary~

今、旅立ちの時。

第2章 22話

―オリエンス・マイラー

 

 

 

PM1:25

 

「そこの旅人! 私の話を聞いていきたまえ!」

 馬の扱いに少しだけ慣れてきた雨の中、こちらに話しかける黒髪の男。そっと逸れようとしたものの、馬が逆方向に舵を切ってしまう。

「何、すか」

 仕方なく見下ろせば細い目がこちらを伺う。

「君の髪に付けている、それ。この間の旅人のような流線。さては太陽を模しているね?」

「あぁ、これは」

 そこで言葉を切った。この間の旅人のような、って言ったか? 似たデザインの髪飾りを付けている人物ってことだ。そんなの、ミヅキしか。

「話したんすか、その人と」

「まぁそうだね。君とは反対の右側に、三日月を象った髪飾りを付けていたよ」

「ミヅキはどっちに行きました?」

「そうだそうだ。ミヅキという名前だ。同じ月に興味をもった者としてとても有意義な時間を過」

「どっちに、行った?」

 鬼気迫る表情で問うと、男はすぐに口を噤んで左に指を向ける。その先には橋。

「ヒグレという名前をつけた馬に乗り、そちらの……双子山のほうに向かったよ」

「どうも。それでは」

「ま、待ちたまえ! その髪飾りはどこで」

 立ち去ろうとしたところを呼び止められ、ふと右に付けた髪飾りを触る。ほのかに温かい。先ほど頭に熱を感じたのはこのせいかと思う。

「あー……先祖から貰った、とか?」

 それだけ言い、まだ喋っている男を残して、前方に馬を進めた。間違ったことは言っていない。

 双子馬宿の布が張ってある屋根に雨粒が当たり、低い音を出している。明るさが籠もる店内。カウンターにあたるところにいる馬宿の人が、その前で止まったオレに声をかけてきた。

「ようこそ、ここは馬宿です。野生馬を捕まえて来たのであればその馬を登録することができ」

「登録します」

「か、かしこまりました。登録される馬はこちらになります。ご確認ください」

 「あたらしいうま」と書かれた紙を一瞥し、すぐに頷く。能力などはどうでもいいのだ。今さら馬を変える時間などない。

「こちらの馬を登録なさいま……はい。ありがとうございます。それでは馬の保全運動と馬宿オリジナルの鞍と手綱の料金を含めまして、登録料を20ルピーいただきますがよろし……はい。ありがとうございます。確かに代金を頂戴いたしました。それでは自分の所有馬の証として馬の名前をお決めください」

 すぐさまルピーを払って財布を戻したところで固まった。名前。名前……さっさと思いつけよ、オレ。とりあえず先ほどの男が言っていた、ミヅキが馬につけた名前を頭に浮かべる。ヒグレ。

 ふと、雨に打たれながら柱の間から馬を見たときを思い出す。たてがみは青色。馬体は薄青色。ブチ模様は白色。目線が絡んだ瞳は、青。

 それは、まるで今朝の朝焼けのようで。雪山から空が明るく白みだし、その色を青から薄く変化させ、雲が広がり小雨を降らせる。柄にもなく連想してしまう。日が昇り太陽が顔を覗かせるあの絵画のような風景に、この馬はよく似ていた。

「ヒノボリ、で」

 思いついた言葉に迷いはない。確かに頷く。

「ヒノボリでよろし……はい。登録を承りました。そのまま連れて行かれま……ありがとうございます。またよろしくお願い致します」

 一旦ヒノボリから降り、馬宿の人が鞍や手綱を付けた後、視線を感じながらすぐに馬を走らせる。だいぶ説明を聞いていないが、まぁ何とかなるだろう。パラセールも何とかなりそうだし。

 泥になった地面を駆け抜けて、ヒノボリが橋に向かう。慣れないままに速度を出した。

 

 

PM2:00

 

 一応昨日の夜に遅くまで対策を練ったおかげで、本を斜め読みした程度の知識はある。ミヅキが通ったであろう経路を辿りつつ、乗馬の仕方を思い出して実践に移す。ある程度は進めたものの、双子山を抜ける際に暴れられて川に行きそうになったり、拍車をかけようとするも拒否されてできなかったり。ときには橋の柱に激突しそうになるなどして、そのときだけ必死になだめながら馬を走らせた。

 乱暴に扱う手綱が荒く波打つ。かける言葉に優しさはない。まるで慣れた様子のないそれでも、早る気持ちだけは伝わったようだ。廃墟の中を進むにつれ、行き先を託すようにヒノボリが馬体を動かしてくれる。景色が印象もないまま横をすり抜けて、見知らぬ土地に蹄を刻みつければ、やがて夕暮れが辺りを包んでいく。それに気づいたときには、もう平原外れの馬宿が見えてきていた。

 

 

PM8:50

 

『ハテノ古代研究所に届けて』

 ミヅキの冒険日記は、そう書かれた紙、そして平原外れの馬宿前で止まっていた。その続きのページにはウドーという人のメモで続いており、イーガ団と戦闘したのだという現場の状況、そして連れ去られた行き先を地面の轍から推測したものなどが書き残されていた。

 馬宿に入って部屋を見渡せば、椅子に座っていた黒髪と四角い眼鏡が特徴的な人と目が合って。厳しい表情でこちらを見つめ、「あんたが弟のヨウタ君だね?」と見透かすような言葉をかけられた。表紙が緑の本、『ウワサのミツバちゃん』が置いてあるほうの椅子に座る。頷けば、その人はテーブルに手をかけ、話を始めた。

「俺はこの馬宿周辺の見回りをしている、ウドーという者だ。日記に挟んだメモの主だよ」

「ハテノ古代研究所のヨウタです。冒険日記には弟と書いてあったでしょうが、正確にはミヅキの弟ではないっすよ。それで……」

「あぁ、まずは日記を勝手に拾って読んですまなかった。これは届けないとなと思い、あの日の恩もあって旅人伝いにハテノ村まで届けたんだ」

 それからウドーさんは、事細かに見聞きしたことを話してくれ、それでも強い雨でよく見えなかった部分もあったのだと言った。話から鮮明に見えてくるミヅキの姿は、話し方も戦い方も、オレのよく知るミヅキのままで。

『物理的にも、精神的にも、何人たりとも、傷つけたくないんです! 相手に苦しい思いをさせたくないから! 私はっ、無害だから!』

 その言葉に、オバケと呼ばれ避けられていた幼いミヅキを思い出し、その傷が今も残っていることことの申し訳なさとともに、オレが助けたい、助けなければとさらに意志を強くする。オレを見たウドーさんは少し微笑み、「あんたも用心棒か。俺と同じ匂いを感じるな」と言う。人は目や匂いで同業者を判断するのだろうか。

 大体は話し終わったものの夜が深まってしまったため、夕飯の肉おにぎりを食べながら、世間話や昔話に興じることにした。「馬宿前の崖からハイラル城の跡が見えるだろ? そこには伝説級の武器が眠るという話だ」「昔々この辺りにあった闘技場は今では魔物がすみつく廃墟と化しているんだ!」「『ヌシ』ってのを知ってるか? ここから北西のサトリ山に出やがるらしいぜ」……ウドーさんの口からは新聞のようにたくさんの情報が流れる。それらすべてが面白く、ホットミルクに口をつけつつ頷きながら聞く。

 それからウドーさんは冒険のための装備も売っているらしく、「何事も用心するに越したことはない。冒険のための装備ならまかせてくれ!」とテーブルにさまざまな矢を広げてくれた。ありがたいことに「せっかくだし矢を少し多めに売ってやるぜ!」とのこと。持っていたキノコ類をすべて売り払い、炎の矢を1本、氷の矢を5本買おうと100ルピーを出したものの、サービスで炎の矢を5本にしてもらい、さらに半ば押し付けられるようにして木の矢も10本もらった。

「あんたならうまく使いこなせるよ!」

「ありがとう……使いこなしてみせますよ」

「備えあれば憂いなし! あんたの行き先になる砂漠方面には手強い魔物がたくさんいるぞ。自分の身は自分で守ることだな」

 オレの頭にポンと手を置いて、荒く撫でてくれるウドーさん。人からの厚意は受け取る、くれたものは貰う。ハイラルの掟、だろ。ミヅキ。