ミヅキの冒険~Adventure diary~

今、旅立ちの時。

第1章 17話

―雲出づる双子山―

 

 

 

 落ち着いた色の鞍に乗り、慣れない手つきで手綱を握る。踵で軽く合図するとヒグレが前進してくれた。馬体を撫でてありがとうを伝える。しばらく乗っていると少しずつ余裕が出てきて、かろうじて景色を見渡せるようになった。視点が高いと別の生き物になったような新鮮さがあり、恐怖よりも楽しい気持ちのほうが勝る。

 右手に見える台形の建物は確か、ハユ・ダマの祠だ。棘のような木の枝が祠への進行を阻み、滝を背にして黒光りした壁から淡い光を漏れ出させている。その色が青なのは、もともとはオレンジ色で、師匠が中で行われる試練をクリアした際その証として変わったらしい。

 正面のノッケ川を渡るため、視線を戻してふたご兄橋ヘ向かう。対岸から歩いてきたのはアフロヘアーが特徴的な旅人さん。気になって目を合わせると、馬上の私に話しかけてきてくれた。

「ん? どうした? その顔……さては塩分が足りてないか? だとしたらちょうどよかった。俺は岩塩を売っている。肉も売ってるから一緒に買ってったらどうだ? もちろん俺の売る肉はすべて上物! 損はさせないぜ」

 ヒグレから慎重に下りて会話する。ボンゴさんと名乗ったその人は、肉はボンゴ、と自信満々に言った。商品のお肉や岩塩を見せてくれたのだが、シカ狩りをやっていたため上ケモノ肉はたくさんあるのだと伝えると途端に目を輝かせてくる。持っているお肉を10個売り渡せば嬉しそうに150ルピーを出してくれた。お互いに満足する有益な取引。私も嬉しくなりながら、双子馬宿に向かっていくボンゴさんに手を振った。

「それじゃあな。お互い頑張ろうぜ!」

「はい! 頑張りましょうね!」

 澄んだ水が流れ込んでいる、深い青色をしたノッケ川。そちら側だけ木や砂利、板のような石が堆積している。中には錆びた盾もあった。かつてハテノ砦の兵士が使ったものだろうか、と思いを馳せながら、橋を右。ちなみに兄と比べて短いふたご弟橋があるのは、左に逸れた先だ。

 ここで正面を見れば、双子山の由来がありありと分かる。川によって裂ける形で山が双子のように割れているのだ。ハテノ古代研究所に行った帰り、その姿を眺望したことを思い出す。両方の山が倒れ込んできそうで怖いな、と姿勢を低くしてしまいながら、割れ目を縫うように進んだ。対岸には魔物が使う櫓とリ・ダヒの祠が見える。青い光が暗い崖をぼんやりと照らしている。

 砂利と岩でできた川沿いを進む。視界の端にリザルフォスと白銀リザルフォスが見える。ボコブリンと同じ、魔物と呼ばれる類いの生物である。ゴーゴートカゲのような体で川に白波を立たせながら私たちを追尾し、細長く水を吐いて攻撃してきた。咄嗟に手綱を引く。どうにか躱せたものの、ギョロギョロとした目は依然私たちを捉えていて。騎士の弓を取り出して矢をつがえようとするが、そんな状態でバランスがとれるわけもなく。危うく落馬するところだった。それを好機だと思ったのか、容赦なく口を開け攻撃準備をするリザルフォス。これはもう、逃げるしかない。

「行くよっ、ヒグレ!」

 少し前かがみになりながら、拍車をかける。私の声に呼応し、勇猛な鳴き声を出したヒグレ。勢いをつけつつ加速していき、周りを揺蕩う空気が鋭利な矢となった。微かな摩擦を起こしながら、乾いた疾風が頬を擦り抜けていく。リザルフォスを取り残し、高らかな蹄の音を山に反響させて、この場の誰よりも速く、川辺を駆け抜ける。その圧倒的な爽快感、を上回るほどの恐怖。私を振り落とそう投げ出そうと勢いのまま速度を上げているのだろう。それでも離すまいとしがみつく。ヒグレといるって決めたから、負けない!

 

 

AM11:30

 

 景色を見る暇もなく割れ目にできた影を抜け、眩むような光が差し込んだ。私たちを待っていたのは、見上げるほどの鮮烈な青、双子山の塔だった。その方向にヒグレの興味が逸れたタイミングで、後ろに傾いて手綱を引く。だんだんと足が遅くなっていき、やがて止まってくれたため、乗ったときと同じようにゆっくり優しく撫でてみた。すると、ヒグレの顔がこっちに向いて。やや不機嫌そうだった。

 左に見えるのは、木を支柱にした櫓。魔物が住んでいるような形状のものだが、そのような姿は見受けられない。地道ながら退治が進んでいるおかげだろう。木の下に料理鍋があったため、しばしの休憩と題して食材を取り出そうとする。途中で火がないことに気がついた。きょろきょろすると、何かの頭蓋骨に炎がつけられた燭台を見つける。非常に不気味だがありがたい。双子馬宿で貰ったたいまつで火を継ぎ、改めてリュックを探る。上ケモノ肉を1個、岩塩は1個持った。

 楽しい料理のお時間です!

 

 

 ジュージューとお肉を焼くお手本のような音が辺りに響いている。それをこの尖った耳で聞きながら、櫓の左、崖に面したほうにあった木の宝箱をパカリと開けてみた。中身は火打ち石。連想して月光のナイフの存在を思い出した。師匠には申し訳ないが、あれは斬るとかじゃない。実用せず眺めるためのものだ。火打ち石をリュックにしまおうと料理鍋の方向に振り返ると、白い煙が。小走りしてその中に目を通す。

「あ、あれっ?」

 結果は失敗だった。

 焼け焦げたような燻された匂いがする。食べられなくはなさそうだが、だいぶ黒い。何というか、こう、微妙な料理って感じ。

「……い、いただき、ます」

 一応お皿に乗せた。とても人には見せられない出来である。唾を飲み込んでから、一口。あー、うん、焦げてるね。完璧に焦げてる。ヤマシカさん岩塩さん、ごめんなさい。

 実は私、昔から高級食材を使う調理が苦手な傾向があるのだ。上とか極上とか大とかマックスとかを1個でも使ってしまうと軒並み失敗してしまう。シカ狩りで得た上ケモノ肉もこうやって黒くしてしまう始末。“旅立ち”でハテノ村を出たことで自分の何かが成長して払拭できると思ったのに。人生そう劇的にいかない。

 微妙な料理を一気にかき込んで、ケモノ肉と岩塩を1つずつ使った岩塩焼き肉を追加で作る。諦めの感情と美味に浸りながら双子山の塔を眺め、ノッケ川に反射した青のラインを見つめる。何となく頂上まで行きたくなった。寄り道こそ旅の本質である。謝りたいと感じつつ、手を合わせた。

「ごちそうさま、でした」

 

 

PM12:20

 

 ノッケ川の方向に少し歩き、川岸から出っ張った岩の上で旅衣を脱ぐ。中に着ておいた黒の水着だけになったところで、勢いよく川に飛び込んだ。冷たい水が直接肌に触れて、涼しいながらも少し寒い。ハイラルバスを横から3匹ほど、ついでにヨロイゴイも捕まえつつ、乗れそうな岩へ泳いで移動する。流れが速いため逆らって調整しながら進むしかない。割と体力を消耗しつつ、やっとのことで対岸に着いた。

 寄りかかるようにして塔に繋がった縦長の岩を渡り、特徴的な壁に足をかける。師匠が始まりの台地にある回生の祠で目覚め、始まりの塔にシーカーストーンという古代の機器を嵌めた際、地中からにょきにょきと生えてきたハイラルの塔たち。これらの塔は普通の塔とは違って壁が網状にできており、そこから梯子のようにして上ることができるのだ。疲れを回復させることのできる迫り出した場所もあるため、高さによる恐怖がなければ上りやすい。幸いそのような恐怖症はないが、血管のように青く光る、塔の芯にあたる柱に目を固定しながら上り、一切下を見ることなく頂上を目指している私だ。さすがに目線を下に向けるのは厳しい。そこまで高さに強くはない。

 目の縁のような穴が開いているところから手を伸ばす。しっかりと掴んでから上がる。水着に伝わる清涼。奏でられる風の音。まずは双子山に目を向けた。割れ目から雲が出てきている。雲ができ始めるのは、この山からなのかもしれない。