ミヅキの冒険~Adventure diary~

今、旅立ちの時。

第1章 13話

―戦う者が居た証―

 

 

 

 林を進んでいくと、ハテノ砦を仰ぎ見ている旅人がいた。緑の髪を丸刈りにした、全体的に緑色の装い。周りの自然と同化してしまっている。

「このアングルもいい!」

 独り言が聞こえてきた。隣に並び立って一緒に眺めてみる。うんうん。確かに素敵なアングル。

「おっ、チィッス!」

 目を離してこちらを見てくれた。私も聞き慣れない挨拶ながら「チィッス!」と返す。

「俺の名はプリトスってんだ。アンタもハテノ砦を見に来たくち?」

「えっと、とりあえずはそうです」

「そうだよな! だと思ったぜ! このハテノ砦は大厄災からハテノ村を守った最後の砦! 一生に一度は見ておかないと! だよな!」

 プリトスさんのテンションが上がっている。相当なハテノ砦マニアなんだろう。

「そうですよね……! 私もハテノ村に生まれた者として、この場所をただの通過点だとは思わないようにしています」

「いい心構えだ! 後世の人がそんな考えを持ってくれているのなら、剣士様もさぞかし誇り高いだろうな!」

 嬉しそうなプリトスさんを見て私も嬉しくなる。たとえどんなに朽ち果てようとも、大厄災の凄まじさに対峙した者への感謝は残っていく。ハテノ砦の兵士、それと剣士様、つまり師匠がいたおかげで、ハテノ村は今も変わらず穏やかな時を過ごしているのだ。それは単に、奇跡の一言で片付けていいものではないだろう。

 ハテノ砦に目を戻したプリトスさん。私は少し礼をしてから、道を外れ、林の中に足を踏み入れる。木の下のヨロイダケ、ハイラルダケ、ガンバリダケをテンポよく採り、赤く熟したリンゴも収穫した。またガンバリバチの巣を見つけ、謝って奪取。走り回って回避する。残念ながら、人は周りを利用しなければ生きていけない生き物なのだ。空気さえも消費してしまいながら息を整えて、料理鍋のほうに向かう。お腹が空いた。手に持っている食材を見ているだけでも涎が出てくる。何でもいいから口に入れたい。リンゴ、ハイラルダケ、ガンバリダケ、ヨロイダケ、ガンバリバチのハチミツ、それぞれ1個。

 楽しい料理のお時間です!

 

 

 黙っていると食べてしまいそうだったため、食欲を抑えるためにも勢いよく鍋に投入した。腰をかがめてそのときを待つが、お腹が空きすぎて全然待っていられない。

 よし、隙間時間活用だ。弓と矢を取り出して、その場で構える。見えた先にはガンバリバチの巣が2つ。集中すると他のことを考えずに済むため、その効果で空腹を紛らわせる作戦である。キリキリと鳴る弓弦を放し、まっすぐに射る。地面にボトリと落ちた。そのまま位置をずらし、もう1つも落とす。矢とガンバリバチのハチミツを回収して戻ってくると、ちょうど白い煙が上がって顔にかかった。

「わぁ……!」

 結果は成功だった。

 抑えた食欲が再燃する。煮込まれた甘露煮キノコが、料理鍋の中で私を待っている。

「いただきます!」

 お皿によそっていく形で食べてみた。ガンバリバチのハチミツによる濃厚で奥深い味わいを堪能しながら、ガツガツと食べていく。甘辛い味が癖になる美味しさだ。底に残った汁さえも絶品で驚く。さすがキノコトリオ。旨味の団塊

 ふぅ、と満足の溜め息をついてから、腹八分目のちょうどいい塩梅で食事を終えた。口の周りを拭きつつ、パチンと手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

 

 

PM2:15

 

 ハテノ砦を潜ると、クロチェリー平原の涼やかな風が私の髪を靡かせた。新緑の草の絨毯が眩しく、思わず目を細めてしまう。こちら側に木や障害物があまりないのは、大厄災の影響であろう。

 横を見ると、大厄災の際に猛威を振るったというガーディアンの朽ちた残骸が大量に見えた。もともとはハイラル王家の守護者として動いていたのだが、厄災の瘴気に侵され、敵側に回ってしまった悲しき魔物である。その表面には苔が蔓延っており、長い年月の流れを想起させた。足が切られて動けなくなっているものが多い。大厄災のとき師匠が斬ったのだろう。近づいて調べると、まだ古代のネジが取れる。

 水溜まりをパシャパシャと抜け、屈んでシノビタニシを採る。ボコブリンや岩を吐いてくる森オクタの攻撃を躱し、踏み固まった道を通った。クロチェリー平原にはかつて建物があった証拠に壁や柱がところどころに見られるが、残念ながら今は魔物に占拠されている。

 正面に見えるのは双子山である。まだそう呼ばれている理由の部分は分かりやすく見られないが十分立派な姿に見惚れていると、地面にいたアオナミスズメの群れが急に飛び去った。驚いてちょっと跳ねてしまう。道端の木からも唐突にゼリー状魔物のチュチュが落ちてきて、思わず大声をあげてびっくりしながら兵士の剣で攻撃した。下手なりに振り回し、チュチュゼリーをゲット。

 またもや分かれ道だ。右に行くとカカリコ村に着くが、目的地はその方向ではない。素直に左折。遠方に淡く光るハテノ塔が見えた。こんなところまで来たんだな、と感傷に浸っていると小雨が降ってくる。かろうじて手で防ぎつつ走った。双子馬宿が見えてくる。馬の頭の形を布などで模しているデザイン性の高い建物。屋根の下に体を滑り込ませると、雨粒の音がなくなった。

 

 

PM5:00

 

 双子馬宿の中はランプにより暖かい雰囲気で包まれており、旅人を癒やす安心感がある。空を見上げつつ外に出ると、カウンターらしき場所にいた馬宿協会委員さんと目が合った。独特な赤の帽子と緑のマフラーをかけ、暖かそうな格好。意志の強そうな眉毛と髭の男の人である。

「ようこそ! ここは馬の管理や宿泊ができる馬宿でございます」

 片手で小さく手を振ってくれる。振り返してこんにちはと挨拶すると、その目が優しくなった。

「……おや? こちらのご利用は初めてですね? 馬宿のシステムは熟知されてますか?」

「い、いえ、実はさっぱりでして……」

「それでは僭越ながら説明させていただきます」

 腰に手を当て、姿勢を改めてくれる。

「ここではあなたの所有する馬を預かったり、連れ出したりすることができます。また旅の途中野生馬を見たかと思いますが、その野生馬を捕まえてここにお連れください」

 確かにクロチェリー平原には馬の群れが数頭うろうろしていた。そのお馬さんか。

「野生馬をここに連れて来て登録すれば自分の馬……つまり所有馬にすることができます」

「おぉ! 自分の、馬……!」

「お1人が所有できる馬の数は最大5頭まで。もちろん気に入った馬を入れ替えれます。野生馬を捕まえる方法をお聞きになりたいですか?」

「は、はい。お願いします!」

「それでは僭越ながら説明させていただきます」

 そのままの姿勢で続けてくれた。

「野生馬を捕まえるには背後からゆっくり気づかれないように近づいて飛び乗るだけです」

 気づかれないように、というのはシカ狩りで習得したためそれを応用すればいいだけなのだが、飛び乗るのは全然自信がない。

「中には暴れ馬などがいるので暴れたらすかさず宥めてください。そのうち大人しくなるのでそうなったらここまで連れてきてください」

 どうしよう、私にできるだろうか。

「ただし野生馬というだけあってすぐに人には慣れませんので、勝手に方向を変えたりスピードを落としたりと結構気を使いますよ」

 馬宿協会委員さんが少し困り顔で言う。

「違う方向に進みだしたら、こちらだよ、と優しく指示してから宥めてあげてください。そうやって馬と交流していくことで、自然と懐いて言うことを聞くようになりますからね」

 時間をかけて仲を深めるのがいいらしい。新たなお友達ができるみたいだ。楽しみになってきて心を踊らせている表情が分かりやすかったのか、馬宿協会委員さんが静かに苦笑した。